ポスティング内容の要約

ポスティング内容の要約

エアラインが、まだ技術的に十分な実証がなされていない新タイプのエンジンを嫌い、発注しなかったため、ボーイングは開発のゴーをかけられなかったのである。
そして新型機は乗客に対して、既存機以上の快適性を保証する必要があるが、プロペラ機だけに、どうしても騒音や振動が大きくなる。
しかも経済性がなにより重要視されるから、オーバーホール間隔も長くなる。
その点では、我々が専門とする減速装置には、どうしても整備性や信頼性において懸念があった。
とにかく、実績のない革新的技術だけに不確定要素があり、その点でもエアラインは不安を抱き、実現性や信頼性が問題とされたのである。
その上、当初予想されていた石油価格の上昇が起こらず、むしろ下落したことが、エアラインの購入意欲を大きく削いでしまった。
エアライン間の競争は一段と激化していて、廉価な既存機や、安い開発費ですむ胴体を延長した派生型機で十分間に合うとする考え方が支配的となったからだった。
このころ、エアラインが期待するこのクラスの市場価格が、B7J7を計画した当初よりかなり下がってしまったのである。
新型エンジンの搭載となると、当然、その開発費がコストに上乗せされて、新型機の価格が高くなるが、その上昇分と、燃費が良くなることから得られる経費の削減分を両天秤にかけたとき、全体としてはそれほどのメリットがないと判断されたのだった。
エアラインは不確定要素をはらむ革新的な次世代機より、安全で確実で、なにより安価な機体を選んだのであった。
その点においてソニツク・クルーザーと似た面があった。
このころから、世界のエアラインの需要は経済性最優先で、革新的な旅客機を好まない傾向がよりいっそう強くなった。
主にアメリカにおける航空業界の規制緩和が一気に進み、運賃の低価格競争が激化して、エアラインの経営状態が悪化したからでもある。
こうした要因を検証するとき、新型機計画のアドバルーンを上げるときのタイミングも問題になる。
もし、石油価格が上昇傾向にあれば、開発は実現した可能性がある。
省エネにもなり、地球環境対策にも貢献する新タイプの革新的技術を有するプロップファンエンジンを搭載した新型機の計画であるといっても、なにより安全で、しかも経済性を重要視するエアラインが、利益が上がらないことを理由に発注しなければ、それは計画の失敗でしかないことを教えていた。
このYXX/B717の開発費は一八億ドルと見積もられていて、当時のボーイングの財政事情からして全額の調達は難しく、ちょうど、YSHの後継機開発を計画していた日本を取り込む必要があった。
そのため、ボーイングはB767より大きく譲って、日本をフルパートナー(エクイティ・パートナただし、分担割合は七五パーセント対二五パーセントにするとなってー) として国際共同開発をするが、果たして、ボーイングは本当に日本をフルパートナーとして認めるつもりだったのだろうか。
それとも、YX/B767のときもそうだったが、計画が現実化しそうになった段階では、またも、手のひらを返したように一段下げた下請け的な役割に庭めたのだろうか。
ボーイングには数度の前科があるだけに、どうしてもうがった見方をしたくなる。
それとも、プロップファンが技術的に不確定要素が大きく、リスクが高いだけに、従来のターボファンエンジン機と違って、あえてフルパートナーとして日本を取り込んで、これまでより大きな責任を負ってもらおうと計算したのだろうか。
ボーイング首脳の腹の底が見えてこないうちに、計画は凍結となってしまったので想像の域は出ない。
ところで、YXX/B7J7はエアラインからの注文が得られないため、計画は凍結されて事実上の中止となった。
このため、ボーイングは一九九三年十一月、B7J?とは別に独自に研究を進めていた、同クラスのB737を近代化した派生型機のB737Xシリーズ(B7371600、同1700、同1800、同900)の開発を正式にスタートさせた。
エアラインが望む既存機のB737の派生型機を開発して市場投入する、無難で安上がりの道を選択したのである。
これにより、日本のYXX計画は頓挫し、宙に浮いた恰好となって今日に至っている。
YXXとは別に、一九八六年から日本航空宇宙工業会内に「民間機調査検討委員会」を設置して、五0ー一〇〇席クラスの小型民間機を開発する検討も進めることになる。
のちのYSXである。
この機体の開発プロジェクトに対する基本的考え方は、YSUの姿勢を引き継いでその経験を活かせるものとする狙いだった。
日本が民間機分野で発展していくためには、ボーイングの下請けといったほうが正確なB767のような共同開発の形態ではなく、マーケティング、商品企画、開発、生産、販売、プロダクトサポートといったプログラムのすべてにおいて、日本が主体性とメジャーシェアをもつ形態での、r60国際共同開発事業を遂行することを目指すとしていた。
となると、日本の実力からしてどうしても中・大型機は難しく、五〇ー一〇〇席となったのだった。
このクラスの民間機に関しては一九八六年以降、中国がコミューター機を、インドネシアがATRAを、先のように西独のMBBがMPCをとそれぞれ小型機を計画して、相次いで日本に対して共同開発の申し入れをしてきた。
こうした状況を受付て日本としても「民間機調査検討委員会」を設けて、このクラスの予備的な調査、検討をはじめた。
この年から翌年にかけては、先のプロップファンを対象にしてその可能性を探った。
ところが、プロップファンの可能性が急速にしぼんだため、振り出しに戻り、将来的に見て主流となるであろうターポファンエンジン搭載の小型機を対象として検討することになった。
ちなみに、とのころの数十席クラスの小型機の主流は、ターボプロップエンジン搭載のプロペラ機であった。
一九八九年には国の委託事業として、航空機工業会が組織する「日本航空機開発協会」が国際共同開発の可能性を探るこことなり、ターボファンエンジン搭載の七五席の民間機を開発目標として、検討作業に入った一九九一年からはエアバスが主体となっての国の補助事業となり、「小型民間機(YSX)開発調査」として作業を進めた。
多くの需要が見込まれる、七〇席クラスの小型機の開発ならば千数百億円程度でなんとか可能である。
このため、日本のように新規参入を目論む国や企業が次々と現れては挫折して市場から消え去ったり、あるいは合併するなどして再び挑戦していた。
だから、金額でいえば市場規模がそれほど大きいわけでもない割には、一一社の小型機メーカーが乱立しているが、いずれも我こそはと名乗りを挙げていて看板を下ろす気配はなく、協調ムードにも乏しかった。
それぞれがライバルたちの動向を見極め、あるいは先読みしながら、需要の期待できる機種(座席数)を開発しようと、虎視肱々と機会をうかがい、駆け引きを演じていた。
あるいは、日本のような再挑戦を目論むいわば。
帰り新参。
は信用も実績もなく、競争力も、資金力もさほどないので、次々と発表される既存の小型機メーカーの新型機開発の計画を脱みつつ、できるだけ競合は避けたニッチ(隙間)市場を探すことも必要である。
あるいは正面突破で、やはり需要の多い領域を狙おうとするならば、うまくパートナーを見つけて利害を調整し、手を組んで共同開発する作戦を立でなければならない。
いずれにしても、どの小型機メーカーも企業規模および市場の占有率がどんぐりの背比べで一長一短があるだけに、資金力もエアラインからの絶対的信頼にも乏しく、大胆な開発計画を次々と打ち出して王道せつげんこんとんを突っ走り、市場を席捲していくだけの力はもち合わせておらず、混沌としていた。

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